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東京地方裁判所 平成8年(ワ)18617号 判決 1999年7月26日

甲事件原告兼乙事件被告

三井物産株式会社

右代表者代表取締役

上島重二

右訴訟代理人弁護士

清塚勝久

遠藤元一

安部洋平

甲事件被告兼乙事件原告

株式会社千倉書房

右代表者代表取締役

千倉孝

右訴訟代理人弁護士

升永英俊

越山康

奥田保

河原正和

松添聖史

(以下、甲事件原告兼乙事件被告を「原告」といい、甲事件被告兼乙事件原告を「被告」という。)

主文

一  原・被告間の別紙物件目録二記載の建物の賃貸借について、月額賃料が合計六〇六八万二六四三円であること及び賃貸期間が平成二六年三月三一日までであることをそれぞれ確認する。

二  原告は、被告に対し、九億六四九九万〇三八二円及びうち七億〇五八九万四〇〇〇円に対する平成六年七月二日から支払済みまで年六分の割合による金員を、うち二億五九〇九万六三八二円について、別紙計算表1の賃料該当月欄に対応する認容額欄記載の各金員に対し各該当月の遅延損害金起算日欄記載の各起算日から支払済みまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

三  原告のその余の請求及び被告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は甲事件乙事件を通じてこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

五  本判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

(甲事件)

一  原・被告間の別紙物件目録二記載の建物の賃貸借について、一か月当たりの賃料は、平成六年四月一日より、合計三三三六万一一八九円であることを確認する。

二  前項の建物の内、事務所部分の敷金は二億八一二二万二三五〇円、住宅部分の敷金は八二〇万六〇九二円、駐車場部分の敷金は二五〇万三五九〇円であることを確認する。

(乙事件)

一  原告は、被告に対し、一二億一七八三万八二五〇円及びうち七億〇五八九万四〇〇〇円に対する平成六年七月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を、うち五億一一九四万四二五〇円について、別紙計算表1の賃料該当月欄に対応する請求額欄記載の各金員に対し各該当月の遅延損害金起算日欄記載の各起算日から支払済みまで年六分の割合による金員をそれぞれ支払え。

二  原・被告間の別紙物件目録二記載の建物の賃貸借について、月額賃料が合計六九一六万五〇〇〇円であること及び賃貸期間が平成二六年三月三一日までであることをそれぞれ確認する。

第二  事案の概要

別紙物件目録二記載の建物(以下「本件賃借建物」という。)の賃借人である原告は、賃貸人である被告に対し、賃料額及び敷金額が不相当になったことを理由として、約定ないし借地借家法三二条に基づき、賃料及び敷金の減額請求をしたと主張して、本件賃借建物の相当賃料及び相当敷金の確認を求めた(甲事件)。

これに対し被告は、原告に対し、本件賃借建物について締結された契約は通常の賃貸借契約とは異なるいわゆるサブリース契約であること等を理由として、原告主張の賃料及び敷金の減額請求は許されない旨主張し、当初の約定に基づく賃料額及び賃貸期間の確認を求めるとともに、敷金の未払分及びこれに対する本件賃借建物引渡しの三か月経過後から支払済みまでの遅延損害金の支払い並びに賃料の未払分(事務所部分と駐車場部分の賃料には当事の消費税率三パーセントで計算した消費税分を含む。)及びこれに対する各支払時期経過後から支払済みまでの遅延損害金の支払いをそれぞれ求めた(乙事件)。

一  前提事実(争いのない事実及び証拠等により容易に認められる事実。証拠の掲記のない事実は当事者間に争いがない。)

1  本件予約契約の締結(乙一)

原・被告は、いずれも商事会社であるが、平成五年二月二五日、左記(一)記載の建物について、概要次のとおりの内容の賃貸借予約契約を締結した(以下「本件予約契約」という。そして、本予約契約締結の際に原・被告間で交わされた「建物一括賃貸借予約契約書」(乙一)を以下「本件予約契約書」という。)。

(一) 賃貸借物件(本件予約契約書二条)

被告は、東京都港区六本木<番地略>外四筆の土地(以下「本件土地」という。)上に、被告が建築する左記表示の建物(完成後の建物が別紙物件目録一記載の建物である。以下「本件建物」という。)を原告に賃貸し、原告はこれを賃借する(ただし、七〇一号室を除く。)。

所在 東京都港区六本木<番地略>外四筆

構造・規模 鉄骨鉄筋コンクリート造

地下二階地上七階建建物一棟

延床面積 1万2038.38平方メートル

名称(仮称) 千倉書房六本木ビル

(二) 目的及び転貸借の承諾(本件予約契約書四条)

被告は、原告が本件建物内において建物賃貸借事業を営むため、本件建物を原告が転借人に転貸すること及び転借人が東急不動産株式会社又は株式会社東急コミュニティーである場合、転借人が更にこれを転貸すること予め承諾する。

(三) 用途(本件予約契約書五条)

(1) 本件建物の用途は、原則として地下一階及び地上一ないし四階を店舗及び事務所(以下これらを一括して「事務所部分」という。)、地上五ないし七階を住宅(以下これらを一括して「住宅部分」という。)、地下二階を駐車場(以下「駐車場部分」という。)とする。

(2) 右の用途を変更する場合には、事前に原・被告協議の上決定するものとする。

(四) 引渡日(本件予約契約書七条)

被告の原告に対する本件建物の引渡日は、本件建物竣工後、平成六年四月一日とする。

(五) 賃料(本件予約契約書九、一〇条)

本件建物の月額賃料は、事務所部分については転貸料の月額九〇パーセント相当額とするが、右賃料額が五九一九万円を下回るときは、最低保証賃料として月額五九一九万円を支払うこととし、住宅部分については八二一万二〇〇〇円(右金額は原則として、住宅部分の転貸料の八五パーセントを目安とする。)、駐車場部分については六八八万五〇〇〇円(右金額は原則として、駐車場部分の転貸料の九〇パーセントを目安とする。)とし、いずれについても毎月一五日までに当月分賃料を支払うこととする。

(六) 敷金(本件予約契約書一二条一項、三項)

敷金については、本件建物のうち事務所部分については一六億七五九六万八〇〇〇円、住宅部分については二四六三万六〇〇〇円、駐車場部分については二〇六五万五〇〇〇円とし、いずれについても原告は被告に対し、遅くとも本件建物の引渡後三か月経過時までに全額支払うこととする。

(七) 期間(本件予約契約書八条)

賃貸借の期間は、引渡日から二〇年間とする。

(八) 管理(本件予約契約書一七条)

(1) 本件予約契約書四条所定の目的に従って行う本件建物の保守清掃、設備管理及び警備管理等の管理業務は、株式会社東急コミュニティーが行うものとする。

(2) 右の管理諸費用は、原告が転借人より別途徴収する共益費をもって充当する。

なお、被告の自己使用部分が存する場合には、原告は被告から別途定めるところに従い共益費を徴収して充当するものとする。

(九) 修繕(本件予約契約書一八条)

(1) 原告が、本件建物の躯体、造作、設備、仕上げ若しくは外構、造園等の維持保全が必要な修繕又は改修箇所を発見したときは、原告は速やかにその旨を被告に通知し、原・被告協議の上、被告は遅滞なくこれに応じるものとする。

(2) 右(1)の修理等は、被告の費用分担をもって実施するものとする。

ただし、原告又は転借人の故意又は過失に起因する修繕若しくは原告又は転借人が設置した造作等に関する修繕は、原告又は転借人がその費用を負担するものとする。

(3) 右(1)の修繕の実施を、被告の負担において、被告は原告に委託することができる。

(4) 右(1)の修繕につき、緊急を要するとき若しくは軽微な修繕については、原告の被告に対する事前の通知を要せずして、被告の負担において、原告は修繕を実施できる。

なお、修繕後遅滞なく、原告は被告に右通知を行うものとする。

(一〇) 賃貸借条件の改定(本件予約契約書三二条)

賃料や敷金についての賃貸借条件については、本件予約契約を締結した後において、本件建物の周辺地域における同種建物の賃料相場の変動、その他の経済事情の変動により、これが不相当となった場合には、原・被告協議の上改訂することができる。

(一一) 本契約の締結(本件予約契約書一条)

原・被告は、被告が原告に本件建物を引き渡す日までに、本件予約契約の趣旨に基づき賃貸借契約(以下「本契約」という。)を締結する。

2  原告の賃料改定請求(乙三、弁論の全趣旨)

原告は、被告に対し、平成六年一月一八日ころ同日付書面で、本件建物の一か月あたりの賃料を、平成六年四月一日より、合計三三三六万一一八九円(事務所部分で二八一二万二二三五円、住宅部分で二七三万五三六四円、駐車場部分で二五〇万三五九〇円)と減額改定し、本件建物の敷金を、合計二億九一九三万二〇三二円(事務所部分で二億八一二二万二三五〇円、住宅部分で八二〇万六〇九二円、駐車場部分で二五〇万三五九〇円)と減額するとともに、賃貸借の期間を引渡日から一〇年間に短縮する旨の意思表示をした。

3  本件暫定契約の締結(甲五)

原・被告は、平成六年四月一日、本件予約契約に関して、概要次のとおりの内容の賃貸借契約を締結した(以下「本件暫定契約」という。そして、本件暫定契約締結の際に交わされた「暫定賃貸借契約書」(甲五)を以下「本件暫定契約書」という。)。

(一) 賃貸部分の変更(本件暫定契約書一条)

(1) 本件建物のうち、住宅部分五〇一、五〇七、六〇一、六〇二、七〇一、七〇二、七〇三、七〇四及び七〇五号の各室、六階トランク・ルーム並びに駐車場部分七番ないし一一番及び六六番ないし八一番(中型駐車五台及び大型駐車一六台分)を賃貸借契約の対象から除外する(これにより、本件暫定契約締結以降本件賃借建物が契約の目的物となった。)。

(2) 右賃貸部分の除外に伴い、本件予約契約による本件賃借建物の月額賃料額及び敷金額は、月額賃料につき住宅部分四八七万五〇〇〇円、駐車場部分五一〇万円と、敷金につき住宅部分一四六二万六〇〇〇円、駐車場部分一五三〇万円とそれぞれ変更されたことを確認する。

(二) 暫定の賃貸借条件(本件暫定契約書二、三条)

(1) 原・被告間で賃料、敷金等の賃貸借条件等が合意又は決定されるまでの間、原告は、被告に対し、事務所部分につき四四〇一万二〇〇〇円、住宅部分につき四一九万一〇〇〇円、駐車場部分につき三八〇万三〇〇〇円を暫定の月額賃料として支払う。

(2) 敷金は、暫定的に原告が被告に予約金として支払済みの一〇億円とし、後に原・被告間の合意又は決定によって敷金額が確定した後、増減の清算を行う。

(3) 本件暫定契約書に定めのない事項については本件予約契約の定めを暫定賃貸借条件として適用する。

(4) 右(1)及び(2)の賃貸借条件は暫定的な取決めに過ぎず、原・被告間で最終的に合意又は決定される賃貸借条件を拘束するものでないことを確認する。

(5) 右(1)の賃貸借条件の有効期限は平成七年六月三〇日とする。それまでに原・被告間で賃料、敷金等の賃貸借条件につき合意又は決定が成立しない場合には、右(1)の賃貸借条件の効力は当然に消滅し本件暫定契約締結前の状態に戻る。

(三) 賃料、敷金の賃貸借条件の合意又は決定につき、原・被告は東京簡易裁判所における民事調停法による調停にて処理し、調停により合意又は決定できない場合には、東京地方裁判所における訴訟手続により処理する(本件暫定契約書四条)。

4  被告は、平成六年四月一日、原告に対し本件賃借建物を引き渡した。

5(一)  原告は、平成六年七月分以降現在に至るまで、本件賃借建物の賃料として一か月あたり、事務所部分につき四四〇一万二〇〇〇円(別に消費税として一三二万〇三六〇円)、住宅部分につき四一九万一〇〇〇円、駐車場部分につき三八〇万三〇〇〇円(別に消費税として一一万四〇九〇円)、合計額五三四四万〇四五〇円(うち消費税は一四三万四四五〇円)を被告に支払った。

(二)  原告が、現在までの間に、被告に対して支払った本件賃借建物の敷金は一〇億円である。

6  原告は、本件賃借建物の賃料及び敷金等について、平成六年九月頃、被告を相手方として調停の申立をし、以降平成八年九月一一日に至るまで、東京簡易裁判所において調停を重ねてきたが、右同日をもって不調となった。

二  争点

本件の主たる争点は、本件賃借建物の賃借人である原告は、賃貸人である被告に対し、本件予約契約の本件予約契約書第三二条又は借地借家法三二条に基づき本件建物の賃料及び敷金の減額を請求できるか否か、という点にある。

三  争点に対する当事者の主張の要旨

(原告の主張)

1 平成六年四月一日時点の本件賃借建物の適正賃料は、一か月あたりそれぞれ、事務所部分で二八一二万二二三五円、住宅部分で二七三万五三六四円、駐車場部分で二五〇万三五九〇円であり、その適正敷金額はそれぞれ、事務所部分で二億八一二二万二三五〇円、住宅部分で八二〇万六〇九二円、駐車場部分で二五〇万三五九〇円である。

本件予約契約の内容は、経済事情が変化する以前の内容を維持しているため、その後客観的相場とは大幅に乖離し、妥当性を失した内容となったものである。

2 被告は、本件においては借地借家法の適用がない旨主張するが、借地借家法は強行法規であり、その適用については、貸主が借主に対し建物の使用収益を許し、貸主がこれに対して「対価」を支払えば、必要にして十分である。同法の適用に、当事者の経済的強弱とか利用目的は問われないし、貸主と借主の実質的な経済力の差異を適用の要件としているわけでもない。

すなわち、いわゆる被告主張のサブリース契約も、借地借家法の適用される賃貸借契約であり、通常の賃貸借契約と基本的に何ら異なることはない。

本件予約契約に借地借家法の適用がある以上、原告は借地借家法三二条により賃料の減額請求を行うことができる。

最低保証賃料の約定(本件予約契約書九条)は、賃料の不増額特約のみを有効とする借地借家法三二条の反対解釈として無効である。また、同法三二条による賃料減額請求権の行使は、権利の濫用、信義則違反、不法行為ともならない。

3 平成六年三月末日に賃貸借の開始に先立って、本件予約契約の趣旨に基づき締結される賃貸借契約においては、本件予約契約書三二条により、賃貸借条件は当然に客観的賃料相場に見直されることが予定されていた。本件予約契約書三二条はその規定のとおり、原告に対し賃料等の減額請求権を認めたものである。

被告は、本件予約契約書三二条は民法の一般原則である「事情変更の原則」の適用を規定したものに過ぎない旨主張するが、かかる一般原則をわざわざ規定する必要は全くない。

(被告の主張)

1 本件予約契約は、原告が使用するための建物の賃貸借を目的とした契約ではなく、被告側による本件賃借建物の竣工を条件として、原告は本件賃借建物を転貸することにより建物賃貸事業を営み、被告は建物投下資本の回収と一定の利益を得るため賃料の最低保証を受けることを主要な契約内容としたいわゆる「賃貸事業受託方式」のサブリース契約であるところ、その実質的な本質は、原告による契約期間中における空室を含む最低賃料保証にあり、これは借主である原告がハイリターンを期待して、ハイリスクの負担を宣明するものであり、実質的には投資に相当する行為であるのだから、その契約内容はそのまま遵守されるべきものである。

そして、契約内容及び契約締結の経緯等を検討すれば、本件予約契約は、単なる最低賃料の保証がなされた転貸条件付建物賃貸借ではなく、準委任、請負及び賃貸借の混合契約と解すべきである。

また、本件の賃借人である原告は、借地借家法が保護すべき対象として予定されている零細かつ貧困な借家人とは異なる存在であり、本件における同法の適用は同法の予定しないところであるから、本件において同法の適用はないと解すべきである。

したがって、本件予約契約に基づく本件の賃貸借について、原告は借地借家法三二条に基づく賃料減額請求権を行使することはできない。

2 本件予約契約の最低賃料保証がなければ、被告は、本件建物の建設に着手しなかったし、転貸条件付で一括賃貸をすることもしなかった。

原告も、二〇年間という長期の契約期間中において相当の経済変動や社会情勢の変化が生じうるであろうことは、当然に予測の範囲内にあった。

被告は、最低賃料保証の支払がされない時には、本件建物の建築費の返済の予定が狂い、或いは事業計画上の著しい障害が生じる。本件予約契約は、被告の投下資本の回収を保証することが契約の本質的要素であった。

このような本件予約契約の本質、契約をめぐる原・被告の実情と契約締結の経緯等を考慮すると、契約の効力がまさに生ずるという時に原告が最低保証賃料について減額請求をすることは、単に契約違反にあたるにとどまらず信義則に反し許されない。

また、原告は本件賃借建物について更に東急不動産らとサブリース契約を締結しているところ、エンドユーザーからの賃料が本件予約契約における最低保証賃料を下回る場合、原告が右契約においてその差額の一部を東急不動産に負担させているという事情を考慮すべきである。

3 仮に、本件において借地借家法三二条の適用が認められるとしても、本件のような特殊な契約の場合には、同条の適用に際し、経済事情の変動或いは近傍同種の建物の賃料との比較により不相当となったときという要件の外に、契約の目的、合意の趣旨をも併せて考慮すべきである。

サブリースの特殊性から、同条にいう「近傍同種の建物の借賃」とは、同種サブリースにおける賃料と解すべきであり、したがって、不相当と判断されるのは、契約の目的合意の趣旨に鑑みて、一般の事情変更の原則が適用されるような場合に限定されるべきであって、このような観点からすれば、原告の減額請求自体全く不当である。

4 本件予約契約書三二条は、契約当事者が賃料等の増減額請求権を有することを定めたものではなく、民法の一般原則である「事情変更の原則」の適用を規定したものに過ぎない。

第三  当裁判所の判断

一  前記前提事実に加え、証拠(甲四ないし六、乙一ないし三、九ないし一一、一六ないし二二、二四、二五)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  被告、清水建設株式会社(以下「清水建設」という。)及び商工組合中央金庫(以下「商工中金」という。)によって、平成二年末ころから、被告所有の本件土地における本件建物の建築が検討されていた(以下「六本木プロジェクト」という。)。その概要は次のとおりである。

所在地 東京都港区六本木<番地略>外四筆

敷地面積 2745.90平方メートル

建築面積 1931.18平方メートル

延床面積 一万2038.38平方メートル

構造・規模 ステンレス鋼板葺地下二階付地上七階建

用途 事務所・店舗・共同住宅・駐車場

被告は、平成三年三月一八日、清水建設から六本木プロジェクトのビル新築工事請負代金見積書を受領した。その見積金額は、七六億五〇〇〇万円というものであった。

被告は、ビル建設時における監理・監修、賃貸ビルの経営及び管理ノウハウ等の経験も知識もなかったので、清水建設と六本木プロジェクトの収支予測やテナント募集方法等について検討し、転貸借を前提に賃料保証を受けて不動産会社に一括して賃貸するサブリース方式による運営を選択した。

なお、被告は当時、本件土地において駐車場(六本木パーキング)の経営をしていた。

2  その後、六本木プロジェクトについて、原告、藤和不動産株式会社(以下「藤和不動産」という。)、興和不動産株式会社(以下「興和不動産」という。)、住友不動産株式会社(以下「住友不動産」という。)及び日本ランディック株式会社(以下「日本ランディック」という。)の五社がサブリース受託会社の候補となり、平成三年六月二一日、清水建設の会議室において、被告は右五社の各担当者に対し、六本木プロジェクトのビル概要、図面を手渡し、サブリース提案書の提出を求めた。

同年七月八日、右五社からそれぞれサブリース提案書が提出されたが、その主要条件は次のとおりであった。

① 最低保証賃料(年額)

原告 一一億三三四九万六〇〇〇円

藤和不動産 九億二七五四万円

興和不動産 九億四六八〇万円

住友不動産 一一億三一四八万三〇〇〇円

日本ランディック 一一億三六六六万四〇〇〇円

② 最低保証敷金額

原告 一五億八七八三万五〇〇〇円

藤和不動産 一七億三四五八万円

興和不動産 一七億二四一〇万円

住友不動産 一八億八六七五万円

日本ランディック 一九億〇七八三万八〇〇〇円

③ 契約期間

原告 二〇年間

藤和不動産 二〇年間

興和不動産 二〇年間

住友不動産 二〇年間

日本ランディック 一五年間

④ 全社共通の契約条件

・営業用賃貸物件として第三者に転貸する。

・建物一括借り上げ、建物管理一括受託とする。

・契約賃料は最低保証賃料形式とする。

3  被告、清水建設及び商工中金は、受託会社を原告に絞り、交渉を進めることとなり、平成三年一〇月一四日、原告、被告、清水建設の三者間で覚書が取り交わされた(乙一一、以下「本件覚書」という。)。

本件覚書には、各社の代表取締役社長印の捺印及び、それらの印鑑証明書の添付がされている。

本件覚書には、原告が本件建物の賃貸を受けること、原告は本件建物を自ら使用又は第三者に転貸することを目的として賃貸を受けるものであること、本件建物の賃貸条件としては最低保証敷金総額を一八億九四七六万七〇〇〇円、最低保証月額賃料を九四四五万八〇〇〇円とすること、本件建物の工事着工までに賃貸借予約契約を締結し、右契約時に原告は被告に賃貸借予約証拠金一〇億円を支払う等の記載がされている。

本件覚書締結に前後して、原告からは、住居部分、事務所部分を他社に転貸すること、及び一階前面、地下一階全面は店舗を想定したスケルトン渡し(テナントが入居時に造作できるようにガス、水道、電気、空調等の配管設備までにとどめ、内装仕上げを行わないで引渡す方式)とするよう要望があり、被告はこれを承諾した。

本件覚書締結後、被告は、本件土地上の六本木パーキングの終業作業に入った。

同年一一月一日、本件建物の建築について第一回近隣合同説明会が行われ、同年一二月二六日、港区に本件建物の建築確認申請書が提出された。

平成四年二月二八日、被告は、本件土地上の六本木パーキングを閉鎖、終業し、同年三月二日から駐車場の解体工事を始めた。

4  平成四年四月二日、原告の黒田正信部長他数名が被告会社を訪問し、バブル崩壊後の経済状況の悪化のため、賃料が下落傾向にあることを理由として、「新賃料敷金設定のお願い」と題する書面を提出した。

右書面は最低保証賃料年額を本件覚書の一一億三三四九万六〇〇〇円(月額九四四五万八〇〇〇×一二か月)から二億四二八一万一〇〇〇円減額した八億九〇六八万五〇〇〇円とし、最低保証敷金額を本件覚書の一八億九四七六万七〇〇〇円から一億六二二六万四〇〇〇円減額した一七億三二五〇万三〇〇〇円とするように要望するものであった。

右減額の要望につき被告は受け入れを拒否したため、その後、原告と被告は賃料等の減額について再三折衝を重ねた。

被告は、平成四年五月一四日、港区から建築確認通知書を受領し、翌一五日、六本木プロジェクト新築工事の本工事が若工となった。

被告は、原告から提出された「新賃料敷金設定のお願い」をふまえて清水建設に工事請負代金の減額を要請し、同年六月一五日、清水建設と、本件建物の仕様を変更した上で、本件建物の建築請負工事代金を七六億五〇〇〇万円から六七億円に減額する旨合意した。

被告は、これを受けて、同月二九日、原告に対し、前記「新賃料敷金設定のお願い」のとおりの敷金及び賃料の減額を承諾した。

被告は、同年七月七日、清水建設との間で六本木プロジェクトの「工事請負契約」を正式に締結し、同月三一日、清水建設に工事着手金として一〇億三五一五万円を支払った。

5  平成四年七月九日、原告は、本件建物の引渡後1.5か月間の賃料の出来高期間(空室の賃料を免除し、転借人とテナント契約が成立した部分に限り賃貸人に賃料を支払えば足りる期間)を設けるよう被告に要求し、右要求を受け入れない限り、予約契約の締結及び予約証拠金の支払いはできないと申し入れてきた。

原告は、その後の被告との予約契約締結交渉の過程で、右出来高期間を三か月に延長すること、敷金にも三か月の出来高期間を設定することを要求してきたほか、六か月の予告期間をもって期間内解約ができる条項、敷金の一〇パーセント相当額の違約金により即時解決ができる条項、賃料額及び敷金額について周辺地域の賃料相場の変動その他の経済変動により不相当となった場合に協議により変更できる旨の条項等を設けることを要求してきたことから、右締結交渉は難航した。

しかし、被告が、賃料及び敷金に三か月の出来高期間を設定すること及び賃料額及び敷金額についての協議による変更条項を設けることに同意したことから、平成五年二月五日、清水建設の会議室において、銀行担当者等数名の立会の下原告と被告との間で本件予約契約書の調印が行われ、もって、原・被告間に本件予約契約が締結された。

そして、同日、原告から被告に対して、予約証拠金として一〇億円が支払われた。

同年三月三〇日、被告は清水建設へ工事代金内金として更に一七億二五二五万円を支払った。

6  その後、原告と被告は、本契約の締結へ向けて交渉を重ねたが、平成五年六月以降、原告は、被告に対し、その交渉の過程で賃貸ビルの市況が緩んで賃料が下落するなど危機的な状態にあることを説明し、本件建物の工事費を減額するよう協力を要請した。被告はこれを受けて清水建設と協議した上、同年一〇月一日、仕様変更で追加工事費用を約一億円削減した。

しかし、原告は、同月二七日以降、被告及び清水建設に工事費用を更に二〇億円減額すること及び工事残代金の延べ払いを求めるとともに、被告に対し、現況の賃料相場では被告が借入金六七億円を返済するのは困難であることを告げ、このままで本件建物の引渡しを受けられないことをほのめかしてきた。

そして、平成六年一月一八日、被告担当者との協議の中で、原告は、当時のビル市況について、六本木地区は東京の中でも空室率の高い地区であり、当時の入居率が八〇パーセント程度で、本件建物が竣工すると八〇パーセントを割り込むことが予想されることのほか、六本木地区におけるビル数棟の賃貸状況を報告し、本件建物の竣工後テナントの入居予定がなく空室の可能性が高いこと、テナント確保にはフリーレント(テナントに一定の期間賃料の支払いを免除する)必要があることなどを説明した。

その上で、原告は、被告に対し、同日付書面で、本件建物の一か月あたりの賃料を、平成六年四月一日から、事務所部分で二八一二万二二三五円、住宅部分で二七三万五三六四円、駐車場部分で二五〇万三五九〇円と改定し、本件建物の敷金を、事務所部分で二億八一二二万二三五〇円、住宅部分で八二〇万六〇九二円、駐車場部分で二五〇万三五九〇円と減額する旨の意思表示をするとともに、天井高が低く不均衡な住居部分は賃貸借の範囲から除外すること、地上一階、地下一階についてはスケルトン仕様をやめ、被告の負担で事務所仕様に内装すること、契約期間を一〇年間に短縮することなどを要求してきた。

7  原告の右要求内容が本件予約契約の内容と乖離していたことから、本契約へ向けた交渉は難航し、原告からは、被告に本件建物の引渡し延期の提案がなされたが、被告はこれを拒絶した。

その後、同年三月九日ころ、原告から、同年四月一日からの賃貸借はとりあえず暫定賃料の支払により開始し、最終的な賃料額は調停で定めることを基本内容とする提案がなされたことから、原告と被告及び清水建設は更に折衝を重ね、同年四月一日、原告と被告は本件予約契約に関して本件暫定契約を締結し、被告は原告に対し本件賃借建物を引き渡した。

その際、被告は、空室の負担を減らしたいという原告の要請を入れて住居部分及び駐車場部分の賃貸借の対象を本件賃借建物に限定した(その分被告の受け取るべき賃料は減少した)ほか、地上一階、地下一階の事務所仕様内装工事費の負担を受け入れ、清水建設に工事残代金の減額や延べ払いを了解させて、これによる利益を、本件予約契約より低額の暫定賃料及び暫定敷金受入れという形で反映させた。

なお、その間の平成六年二月二八日、被告と清水建設との間で本件建物の工事代金の最終精算がなされ、右工事代金は更に一億二五六〇万円減額され、合計工事代金は六四億五〇〇〇万円に確定した。またその支払いも約一年間延期され、同年四月一日、被告は清水建設へ、本件建物の工事残代金三八億三一六〇万円を平成七年三月三一日支払期日の約束手形で支払った。

8  原告は、本件暫定契約の有効期限が経過した平成七年七月一日以降、被告の請求にもかかわらず、本件暫定契約により定められた暫定賃料額及び予約敷金額しか支払をしていない。したがって、原告は、本件予約契約で合意された賃料を引渡し当初から一度も支払わなかったことになる。

二  本件予約契約書三二条に基づく減額請求について

本件予約契約書三二条は「賃料や敷金についての賃貸借条件については、本件予約契約書を締結した後において、本件建物の周辺地域における同種建物の賃料相場の変動、その他の経済事情の変動により、これが不相当となった場合には、原・被告協議の上改訂することができる。」と規定するところ、原告は、同条に基づく本件賃借建物の賃料及び敷金の減額請求を主張する。

そこで同条の意味するところにつき検討するに、同条の「(賃貸借条件を)原・被告協議の上改訂することができる」との文言の体裁は、「当事者は、将来に向かって建物の借賃の額の増減を請求することができる」と規定する借地借家法三二条のそれと異なることは明らかであり、本件予約契約書三二条の文理を素直に解釈すれば、同条については、原・被告が協議(合意)で賃料を改定できる旨を定めたに過ぎないものとの理解をする外ない。

確かに、賃貸借契約を締結した当事者間においてその後に協議の上合意で賃料等を改定できるのは当然のことではあるとはいえ、契約の際に契約書の条項にいわゆる任意条項を入れることもまた不自然なことではないし、仮に本件の契約当事者である原・被告の間に当事者の一方的な意思表示で賃貸借条件を改定できる旨の形成権を創設することについての合意がされていたとすれば、当然本件予約契約書上の条項もその旨を明確に表現した文言となっていたものと思われる。

すなわち、本件予約契約書三二条については、文理どおり単なる協議条項に過ぎず、協議(合意)が成立しない以上いかなる請求権も発生しないと解釈すべきであり、したがって、原告の本件予約契約書三二条に基づく減額請求の主張は採用できないものである。

三  借地借家法三二条に基づく減額請求について

1 本件予約契約は、被告から本件建物を賃借した原告が、第三者に転貸することを目的としたいわゆるサブリース契約であり、被告により転貸借について事前の包括的承諾や賃料の最低保証等の特約が付されているものであるが、右契約も、賃貸人が目的物を賃借人に使用収益させ、その対価として賃借人が賃貸人に対し賃料を支払うことについての合意という民法の賃貸借契約の要素を含んだ建物の賃貸借であることについては疑いがない以上、それが原告の事業として行われるものであったとしても、特に借地借家法の適用が否定されるいわれはない(なお、本件予約契約書の表紙には「建物一括賃貸借予約契約書」との記載がされているところ、本件予約契約は、その契約締結時においては賃貸の目的物である建物の引渡しはおろか建物の存在さえ認められないものであるが、賃貸借契約が要物契約でない以上、その合意内容に照らせば、契約書の表紙上の「予約」の文字に拘わらず単なる賃貸借契約というべきである。)。

そして、本件予約契約に借地借家法が適用される以上は、賃料の最低保証の特約がなされていたとしても、同法三二条による賃料減額請求は当然に認められる(同条三二条一項ただし書の反対解釈として、同条による賃料減額が認められる限りにおいて、本件予約契約書九、一〇条の合意はその効力を失うものと解する。)。

また、原告が賃料の最低保証につき合意したことを初めとする本件予約契約締結を巡る様々な諸事情を全て考慮したとしても、本件予約契約の締結及び賃料の減額請求がどちらも本件建物を被告に引渡す前になされたものであったことや、右に判示したように本件予約契約においては本件予約契約書三二条のような協議条項が存在していること等に照らせば、未だ原告が、今後如何なる賃料相場になろうとも将来にわたって借地借家法三二条に基づく減額請求を行使することはないとの完全なる信頼を被告に対して生ぜしめていたとまではいうことは困難であって、本件において同条に基づき賃料の減額を請求することが信義則に反するものとまではいうことができない。

したがって、本件に借地借家法三二条の適用がない旨の被告の主張は採用できず、本件には同条が適用されるというべきである。

2  適正賃料の算定

(一) 鑑定人若林眞の鑑定(以下「本件鑑定」という。)の結果によれば、いわゆるサブリース契約ではなく通常の賃貸借契約であることを前提とした場合、本件賃借建物の平成六年四月一日時点における新規の適正月額実質賃料は、四五八六万六〇〇〇円が相当であるとされている。

そして、本件鑑定の右適正賃料額は、評価対象部分の基礎価格に期待利廻りを乗じて得た額に必要諸経費等を加算して試算賃料を求める手法(積算法)及び周辺地域における建物の新規賃貸事例にかかる実質賃料につき、賃料形成要因の比較を行って試算賃料を求める手法(賃貸事例比較法)によって求めた試算賃料のうち、現実の不動産市場においては一定の賃料水準が確立されているのが一般的であることを踏まえて賃貸事例比較法による試算賃料を重視して決定されたものであるところ、右各試算賃料の算出過程及び試算賃料をもとにした鑑定評価額の決定の過程に特段の不合理な点はない。

したがって、本件予約契約がいわゆるサブリース契約であるという点を捨象して考慮するならば、平成六年四月一日時点の本件賃借建物の適正月額支払賃料は、右月額実質賃料四五八六万六〇〇〇円から、賃貸人である被告が原告から得べかりし敷金合計額(これは後記のとおり一七億〇五八九万四〇〇〇円)の一か月当たりの運用利益額四九七万五五二四円(本件における敷金の運用利益額については運用利回りを年3.5パーセントとして計算するのが相当であり、右運用利益額は右運用利回りを基礎として計算したものである。)を控除した四〇八九万〇四七六円と認めるのが相当である(なお、右適正月額支払賃料の金額は、本件予約契約で合意された賃料額(本件暫定契約による賃貸部分変更後の賃料額)に比して、約五九パーセントの水準である。)。

また、本件鑑定の結果によれば、本件賃借建物付近の地価公示地価格は、平成五年一月一日から平成六年一月一日にかけて、約三四パーセントの急激な下落傾向を示したことが認められる(なお、本件予約契約締結が平成五年二月二五日であり、原告による賃料等減額請求がされたのが平成六年一月一八日である。)。

(二)  ところで、本件に借地借家法三二条の適用が認められるものとしても、借地借家法三二条一項は、賃料が不相当となるに至った原因について「土地若しくは建物に対する租税その他の負担の増減、土地若しくは建物の価格の上昇若しくは低下その他の経済事情の変動」を列挙し、不相当か否かの判断の方法として「近傍同種の建物の借賃」との比較を挙げているに過ぎないのであって、それは裁判所における右相当性の判断において契約の内容や契約締結を巡る諸事情等について斟酌することを何ら妨げるものではないというべきであるから、本件における適正賃料の算定においても、右本件鑑定の結果の他に本件のサブリース契約としての種々の特殊性や本件における契約締結における諸事情等をも考慮に入れた上で、賃料が不相当になったときにあたるか否か、更に、賃料が不相当になったとして適正賃料は幾らであるのかについて判断するのが相当である。

(三)  そこで検討するに、前記のとおり通常の賃貸借契約であることを前提にした場合の本件賃借建物の適正月額支払賃料は、本件予約契約に基づく本件賃借建物の月額賃料六九一六万五〇〇〇円(本件暫定契約による賃貸部分変更後の賃料額)と比較して約五九パーセントもの低い水準にあること、本件予約契約は、本件建物の着工前に、そして原告が実際に本件賃借建物の引渡しを受ける前に、いわばサブリース事業が完全に開始する以前の段階において締結されたものであり、将来の交渉によってあるいは契約内容が変わる可能性を内包した契約であったこと、本件賃借建物付近の地価公示地価格も、平成五年一月一日から平成六年一月一日にかけて、約三四パーセントという急激な下落傾向を示したこと等の事情を照らせば、本件は借地借家法三二条にいう賃料が「不相当となったとき」にあたるというべきである。

しかしながら、本件予約契約は、前記のとおり転貸借目的の賃料保証特約付きの建物賃貸借であり、被告が原告に対し賃貸目的物の転貸につき事前に包括的承諾をするのといわば引き換えに賃料の最低保証の合意がされているいわゆるサブリース契約であること、本件建物を建築する以前に本件予約契約は締結されており、その契約内容を前提として本件建物が着工されたものであること、本件予約契約締結にあたっては、原告が被告に対して最低保証賃料を九四四五万八〇〇〇円とする賃貸借の条件を提示し、同様に各々の賃貸借の条件を示して被告との契約締結を希望していた他の不動産会社との競合に競り勝って契約の締結に至ったものであること(右提示内容につき平成三年一〇月一四日に原告と被告は本件覚書を取り交わしており、その後は積極的に本件建物の仕様に意見を述べて、本件建物の工事内容に自己及び転借人の要望を入れさせている。)、それにもかかわらず被告は、原告からの強い減額要求を受け入れて、右覚書の月額賃料に比べて約三割も低い月額賃料で本件予約契約を合意していること、その後も被告は、原告の強硬な減額要求に対応して、本件予約契約で合意した賃料を一度も受領することなく本件暫定契約に応じたほか、本件建物の工事代金の減額及び延べ払い交渉に努力し、原告の空室負担を軽減するために賃貸の対象部分を減らし、地上一階及び地下一階部分の内装変更に自己負担で応ずるなど、原告との共同事業を円滑に進めるために可能な限りの譲歩をしてきたこと、本件の減額請求は本件予約契約締結後一年足らずでなされたものであること等の事情に照らせば、前に述べたような通常の賃貸借契約の場合における相当賃料額の水準や賃料相場の急激な低下等の事情に配慮したとしても、本件における適正賃料は原告の自由意思に基づく合意をより重視して算定すべきであって、結論としては本件鑑定による通常の賃貸借契約の場合における相当賃料額(適正月額支払賃料)と本件予約契約での合意にかかる賃料額の差額の三割相当額を右合意にかかる賃料から減じた額である六〇六八万二六四三円を、本件における適正賃料額と認めるのが相当である。

四  結論

1  以上のとおり、本件予約契約書三二条に基づく減額請求は認められず、また、借地借家法三二条に定める減額請求は定額をもって合意された本件予約契約による敷金額に何ら影響を及ぼすものではないと解されるから、本件賃借建物の敷金額は、本件予約契約書一二条三項により一七億〇五八九万四〇〇〇円と認められる。

この金額は被告が本件賃借建物の敷金額として主張する金額と同一であるから、原告の減額された敷金の確認を求める請求はすべて理由がない。

2  本件賃借建物の賃料は原告の借地借家法三二条に基づく減額請求により平成六年四月一日から六〇六八万二六四三円(消費税別)となったことが認められ(右賃料の事務所部分、住宅部分、駐車場部分の内訳は、本件予約契約及び本件暫定契約の合意にかかる賃料と同様の割合で按分比例して、それぞれ五一九三万〇九七一円、四二七万七一三三円、四四七万四五三九円と認める。)、その賃貸期間は本件予約契約書八条により本件賃借建物の引渡しから二〇年後の平成二六年三月三一日までであることが認められる。

3  したがって、原告は被告に対し、未払敷金七億〇五八九万四〇〇〇円及びこれに対する本件賃借建物引渡しの三か月経過後(これは平成六年七月二日である。)から支払済みまでの遅延損害金並びに別紙計算表1のとおりの未払賃料合計二億五九〇九万六三八二円(本件暫定契約に基づいて原告から実際に支払われている賃料との差額。事務所部分と駐車場部分の賃料には当時の消費税率三パーセントで計算した消費税を含むため、暫定契約に基づく賃料は消費税込みで合計月額五三四四万〇四五〇円であり、減額後の賃料は消費税込みで合計月額六二三七万四八〇八円であり、その差額は月額八九三万四三五八円となる。別紙計算表2参照)及びこれに対するそれぞれの支払時期経過後から支払済みまでの遅延損害金の支払義務を負うこととなる。

4  よって、原告及び被告の各請求は、右の限度で理由があるからいずれもこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官梶村太市 裁判官潮見直之 裁判官大寄久)

別紙物件目録<省略>

別紙計算表1・2<省略>

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